シドニーから南に80キロ、海沿いに港と工業地帯が広がるウーロンゴンは、
豪州有数の産業都市だ。しかし、基幹産業の鉄鋼と石炭の斜陽化のため、
重工業からハイテク産業への構造転換が地域経済の重要課題になっている。
その取組の参考になる都市の紹介を日本の外務省・自治省に依頼したことが、
同じ課題を抱える川崎市との出会いにつながった。
どちらの市も、臨海部の工業地域と丘陵部の住宅地域を車の両輪として
発展し、 かつて深刻な公害問題を経験したことも共通している。ウーロンゴン
の18万人に対し、 川崎は7倍近い120万人と、人口規模こそ異なるものの、
状況がよく似た都市同士で学び合えることは多いはず――そう考えた両市は、
それぞれの議会の承認を得て、88年5月に姉妹縁組を締結した。
以後、経済、環境、文化など、幅広い分野にわたる「相互学習」が繰り広げ
られているが、川崎がウーロンゴンから積極的に学ぼうとしているテーマの
一つに「多文化政策」がある。京浜工業地帯の中央に位置する川崎市は、
戦前、多数の朝鮮人が就労させられたという歴史から在日韓国・朝鮮人が
多く、さらに80年代後半からはアジアや南米からの労働者も増え、外国人
住民の比率が高い都市だ。そのため、彼らの声も市政に反映させようと、
96年に全国初の「外国人市民代表者会議」を設置するなど、外国人住民
施策の充実に先駆的に取り組んでいる。しかし、移民の多い豪州では、同じ
地域社会の中に多様な文化的背景の人々が暮らすのは当たり前のこと。
出身地が80カ国以上にも及ぶというウーロンゴンの市民たちも、それぞれの
伝統文化を互いに尊重しながら、暮らしやすいコミュニティづくりのために
力を合わせている。
そんな多文化社会の知恵と工夫を学ぼうと、川崎市では98年、提携10周年
記念事業の一環として、ウーロンゴン市役所で多文化政策を担当する
アマンダ・フィルドさんを招き講演会を開催。「多様な文化が共存する活力
ある地域社会を築くには、住民相互の多文化交流を促進する戦略が大切」
と力説するフィルドさんの話に、多くの市民が耳を傾けた。併せて「タペストリー」
と題する写真展も開かれ、トルコ、インド、ベトナム、中国など、ウーロンゴンに
根づいた民族文化の多彩さが紹介された。
様々な点で対照的な日本とオーストラリアの社会。だからこそ互いに新鮮な
発見があるのかもしれない。川崎とウーロンゴンのように、日豪双方の多く
の姉妹都市が、それぞれのまちづくりに役立つ貴重なヒントを学び合っている
に違いない。
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